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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)6338号 判決

原告

鈴木修一郎

被告

三幸交通株式会社

主文

一  被告は、原告鈴木修一郎に対して金二七万円、原告鈴木昭三に対して金七万五六〇〇円及びこれらに対する昭和五一年八月二一日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告両名のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告両名のその余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一申立

(原告ら)

一  被告は、原告鈴木修一郎に対し金四五万円、原告鈴木昭三に対し金一五万六七〇五円及びこれらに対する訴状送達の翌日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言

(被告)

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決

第二主張

(原告ら)

「請求原因」

一  事故の発生

昭和五一年五月二九日午後五時五分頃、国分寺市新町三丁目二六番一号先交差点(信号機の設置無、付近住宅街、歩車道の区別のない舗装道路、制限速度毎時二〇キロ)において、訴外大橋守運転の営業用普通乗用車(以下「被告車」という)が原告修一郎(四歳)をはね飛ばし後記傷害を与えた。

二  責任原因

被告は、被告車を業務用に使用し自己のため運行の用に供していたので、自賠法三条の責任がある。

三  被害

本件事故により原告修一郎は左眼窩部挫創、腰部挫傷擦過傷、左下腿擦過傷、の傷害を受け、事故当日の昭和五一年五月二九日から同月三一日まで入院し、同六月一日から同月一〇日まで通院(通院実日数四日)したが母親たる絹子は他に乳児、幼児がいるためこの間父親たる原告昭三が入・通院の付添看護にあたつた。その結果原告修一郎は、後遺障害等級一四級一一号に該当する顔面に約五センチの線状瘢痕が残ることになつた。

四  損害

原告修一郎関係

(一) 慰藉料 四五万円

右入・通院、及び後遺症分として

原告昭三

(一) 診断書代 二、〇〇〇円

(二) 付添看護料、通院交通費 六、七六〇円

(三) 休業損害 四万七九四五円

原告昭三は、年収三五〇万円の収入を得ており、従つて一日九、五八九円、半日四、七九四円の収入となるところ、付添看護で三日分二万八、七六七円、通院のための付添四回(半日分)一万九、一七八円の合計四万七、九四五円の損害を蒙つた。

(四) 弁護士費用 一〇万円

本訴の弁護士費用は、原告昭三において負担したが、その額は手数料、謝金を合わせて右金額である。

五  結論

よつて被告に対し原告修一郎は四五万円、同昭三は一五万六、七〇五円及びこれに対する訴状送達の翌日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める次第である。

「抗弁に対する答弁」

本件事故現場は変形交差点ではなく、植込みも多くなく、そして被告車の進行道路は交通は頻繁ではなく、そして直線で見通しは良い。また原告修一郎の進行した道路は幅員三・五メートルであり、被告主張のごとく下り坂ではなく、勾配のない平坦な道路である。被告車の速度についての被告の主張は事実に反しており不当で、本件事故発生につき原告側にまつたく過失はない。

すなわち本件事故現場付近の状況は前記のとおりで、そして交差点脇には児童公園があつて付近の子供が出入している。被告車が進行した道路には子供の飛び出しがある旨の看板が約七〇メートル間隔に五ケ所掲示してあり、一方通行である。

かかる道路を自動車で進行する場合には直ちに停止できる速度で走行すべきであるのに訴外大橋守は、被告車を制限速度を上回る時速五〇キロメートルで運転し、子供用自転車に乗つていた原告修一郎を発見し急制動をかけたが、速度を出し過ぎていたため同原告をはね飛ばしたものである。

(被告)

「請求原因に対する答弁」

請求原因一項中、被告車が原告修一郎をはね飛ばしたことは否認するが、その余の事実は認める。被告車は原告修一郎に接触しただけである。

同二項は認める。但し後記のとおり被告は本件事故につき賠償責任を負うものではない。

同三項中、原告修一郎が本件事故により負傷したことは認めるが、その余の事実は不知。

同四項はすべて争う。すなわち原告修一郎についての自賠保険後遺障害診断書を作成した岸中外科医院の院長は現職の立川市長で、原告らと旧知の間柄であるところから、この診断書は原告らの意向に添つて作成されたもので客観的なものではない。本来後遺障害診断書は六ケ月経過後に作成されなければならないのに右診料費は事故の一ケ月後の傷痕が未だ消えないうちに作成されている。現在では線状痕の長さは約三・五センチに縮少して五〇センチ以上離れれば発見することが不可能な程度である。そしてそもそも女子であればともかく男子についてはこの程度では醜状痕ともいえず気にする程度ではないので、従来の裁判例により後遺症慰藉料は認められないところである。

次に原告昭三の損害についてであるが、同原告は、妻を事務員代りに使用して個人営業として不動産の仲介、売却を業としており、日当あるいは給与を得ているものではない。従つて同原告が原告修一郎の入通院に七日ばかり付添つたとしても、日程をずらして事務は支障なく処理されていて、現実には収入は減少していないので、同原告に休業損害は発生していない。また仮に同原告の休業損害を算出するとすれば、現実の損害が生じていないのであるから、自賠責保険で用いられる一日当り二、一〇〇円またはそれと類似した基準によつてなされるべきである。

「免責の抗弁等」

本件事故現場は変則交差点で、被告車の進行道路は道幅も広く直線であるが、原告修一郎の飛び出した道路は直線ではなく、変形しており道幅も三メートル位しかない路地で下り坂であり、しかも一時停止の標識が存在している。また付近は住宅街であるが住宅が密集しているわけではなく、事故現場脇に児童公園はあるが、本件道路の交通が頻繁であるところから児童を一人で横断させている親はおらず、親が付添つて児童公園に出入りしている。

さらに被告車進行道路の右側は植え込みが多くて右方の見通しはきかず、被告車の運転手たる大橋守からは進行方向右側にある原告修一郎の出て来た道路はその存在自体が確認できない状態にある。

右大橋守は、被告車を時速一〇数キロで運転して来たところ、原告修一郎は自転車に乗つて狭い路地をブレーキをかけないまま下り坂を加速をつけて一時停止の標識を無視して一気に被告車の直前へ飛び出して来たものである。前記のとおり右方の見通しが悪いため大橋守としては原告修一郎が飛び出して始めて右方道路の存在を確認できた状態で、原告修一郎を認めてブレーキを踏んでも間に合わなかつたものである。被告車の速度が二〇キロ以下であることはブレーキが右七・五一メートル、左八・九三メートルであることから明らかである。

以上の次第で本件事故発生につき被告車の運転手たる大橋守には何等の過失はなく、原告修一郎及びその親権者たる同昭三、鈴木絹子の全面的責任によるものであり、従つて被告は自賠法三条によつて免責される。

仮に右主張が認められないとしても、原告らの損害につき過失相殺さるべき旨主張する。道路交通法一四条三項は交通の頻繁な道路または踏切その付近の道路において幼児を遊戯をさせまたは自ら若しくはこれに監護者が付き添わないで幼児を歩行させてならないと規定されているところ、原告らは明らかにこの規定に違反しているので、過失相殺の判断においてこの点も充分斟酌さるべきである。

なお近時警察署は被疑者の有罪を前提とする不動文字の入つた書式を使用することが多く、本件交通事故に関する実況見分調書及び被疑者の供述調書もこの書式が用いられている。その結果被疑者の説明は受け入れられない形となつており、しかも本件のごとく事実が書式と異つている場合にかかる書式を用いれば事実と似て非なる事実がでつち上げられることになる。

よつて本件裁判に当つては右事情を充分勘案して被告の免責等の抗弁を判断すべきである。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  衝突の程度の点はともかく請求原因一項の本件事故発生の事実及び同二項の被告が被告車の運行供用者であることは、いずれも当事者間に争いがない。

そうすると被告は免責の抗弁が認められない限り本件事故による原告の損害を賠償すべき責任があることになる。

二  よつて本件事故態様について検討するに成立につき争いのない甲第二号証の三ないし九、原告鈴木昭三本人尋問(第二回)の結果により成立の認められる甲第三号証の一ないし五、同本人尋問(第一、第二回)の結果、証人大橋守の証言を総合すると以下の事実が認められる。

(一)  本件事故現場は南へ一方通行になつている幅員約三・四メートルの南北に走る平坦な直線のアスフアルト舗装道路がほぼ東西に走る道路と交わる信号機による交通整理の行なわれていない交差点上で、訴外大橋守運転の被告車(タクシー)は客を乗せ北から本件事故現場に差しかかり、西側道路から急に出て来た原告修一郎(当時四歳)の乗つた補助車付の自転車を認め急制動の措置をとつたが及ばず衝突するに至つたものである。

(二)  原告修一郎の出て来た西方道路は、道路幅員約三・五メートルであるが交差点入口付近では約一〇・八メートルと広くなつている。東方道路も同様で、幅員約五メートルのところ交差点付近では幅員が約一六メートルとなつており、交差点付近でも東側の方が広くなつている。なお現場付近の写真による限り原告修一郎の出て来た西方道路が交差点に向つて下り坂になつている様子はない。

南北道路は西側に入家が並んだ住宅街で、交差点北東角は児童公園となつている。この児童公園は新らしいものであるが、フエンスで囲まれ外から見通せるようになつている。また交差点北西角は人家で、南北道路添いに路面から高さ約一・五メートルの植木があり北方から進行して来た車両の右方への見通しをやや妨げている。

(三)  南北道路は通学路で時速二〇キロの速度制限となつており、その旨の標識、看板が掲示されているところ、被告車の運転手たる大橋守はこれまでタクシー運転手として再三ここを通過していて制限速度の点並び道路添いに「飛び出し注意」の看板が出ているのを知つていた。

なお原告昭三が事故の翌年たる昭和五二年三月末頃撮影した本件交差点の写真(甲第三号証の三)には本件交差点北東角には南進車に対する一時停止の標識が設置されているのが認められるが、警察官が事故直後に作成した実況見分調書にはその旨の記載されておらず、また新らしいものなので、本件事故後に設置されたものと思われる。

(四)  被告車の運転手たる訴外大橋守は、本件交差点に差しかかつたところ西側道路から出て来た原告修一郎を右側前方約一〇・七メートルに認め、急制動の措置をとつたのであるが、そのスリツプ痕は交差点入口から中央に向つて右七・五一メートル、左八・九三メートルと残されており、従つてこの時の被告車の速度は時速約三五キロ位であつた。

そして交差点中央のやや北よりで被告車の右前部に自転車が衝突し、衝突後さらに一・二七メートル進行して被告車は停止している。この衝突により自転車は衝突地点から南へ約二メートル、原告修一郎は同じく約三メートルの、被告車の前方に転倒した。

三  以上の事実が認められ、よつて本件事故は訴外大橋守において幅員の狭い通学路を制限速度を約一五キロを上回る速度で進行し、且つ交差点角に児童公園が存することは明らかなのに漫然とそのまま本件交差点を通過しようとした過失に主因があることは明らかである。よつて被告の免責の抗弁はこれを認めることはできない。

もつとも前記甲第二号証の六(原告昭三の警察官に対する供述調書)、証人大橋守の証言によれば、被告車の進行した南北道路は車の抜け道となつていて朝夕は通過車両が少なくなく、且つ原告修一郎の家は事故現場のすぐ近くであることが認められる。

そうするとかかる道路に安全を確認することなく急に進入した原告修一郎の所為も本件事故の原因となつている。同原告が当時四歳であつたことは前認定のとおりであるが、損害の公平な分担という過失相殺制度の趣旨からすると、被害者の事理弁識能力とは関係なく、被害者の行動、事故現場の状況から被害者に客観的に要求される注意義務違反があればこれを被害者の過失とみて損害賠償額の算定にあたり斟酌するのを相当とする。

本件の場合前認定の事故態様、現場の状況に照らし、原告らの損害の一割を減ずる程度で原告修一郎の過失を斟酌することとする。

四  前記甲第二号証の六、七、成立につき争いのない甲第五号証の一ないし三、原告鈴木昭三本人尋問(第一回)の結果により成立の認められる甲第一号証、同原告本人尋問(第一、第二回)の結果、検証の結果、証人大橋守の証言を総合すると、本件事故により原告修一郎は左目下が出血したので大橋守において近くの救急病院たる立川市高松町所在の岸中外科病院に運び込んだところ、左眼窩部挫創、腰部挫傷擦過創、左下腿擦過創との診断を受けたこと、そして事故当日の五月二九日から同月三一日までの三日間入院、六月一日から同月一〇日までの間四日間通院の治療を受け、同日症状が固定するに至つたが、左目横から下にかけて長さ約四センチ、約幅二ミリのうすい褐色で一部若干紫がかつた線状痕が残ることとなり、この線状痕は運動したり暖つたりして、顔が上気するとより鮮明になること、原告ら一家は五人家族で、原告修一郎は次男で下に赤ん坊がいるため母親の鈴木絹子は右入・通院に付添うことができず、主に原告昭三(当時三四歳)が付添つたこと、同原告は不動産仲介業、建売住宅販売業を妻たる鈴木絹子を事務員に使用して営んでいるところ、昭和五一年度の所得申告額は総収入三三六万七、〇〇〇円、必要経費を控除した純利益が二二四万三、六〇〇円であつたこと、原告修一郎の入・通院の付添のため原告昭三は客との約束をずらしたり、調査等を繰り延べたりしたこと、の各事実が認められる。

五  右事実を前提としてまず被告の賠償すべき原告修一郎の慰藉料について検討するに、右入通院日数、後遺症の程度からすると、過失の点を考慮しなければ同原告の慰藉料は三〇万円をもつて相当とする。そうすると前記のとおり同原告の過失を斟酌して一割を減じた二七万円を被告に請求できることになる。

六  次に原告昭三の損害について検討するに次のとおりとなる。

(一)  診断書代 二、〇〇〇円

原告鈴木昭三本人尋問(第一回)の結果によつて認めることができる。

(二)  通院交通費二、〇〇〇円

原告鈴木昭三本人尋問(第一回)の結果によれば、原告修一郎の通院に自分の車を利用したこともあるが主にタクシーを利用したところ、それには片道四〇〇円を要したことが認められ、そうすると前認定の通院回数に鑑み、少なくとも右金額の通院交通費を要したと推認される。

(三)  休業損害 三万円

原告修一郎の年齢、赤ん坊がいるという原告ら一家の事情からすると原告昭三が原告修一郎の入・通院に付添つたのはやむを得ないところである。そして前認定事実よりすればこの付添により同原告はその営む不動産仲介業に支障を生じ営業上の利益を喪つたと推認されるのであるがその営業柄これを確定し難い事情にある。

そこで原告昭三の前記所得申告した年収、及び昭和五一年度賃金センサスによれば同原告の年齢の平均年収が二一九万四、九〇〇円であること等を考慮し、同原告の一日当りの収入をこの平均賃よりやや少な目に一日当り六、〇〇〇円とみ、これを入院付添中は三日間、通院付添中は一回につき半日分を喪うとみて二日間それぞれ得ることができなかつたとみることとする。よつて付添看護による原告昭三の休業損害は三万円となる。

なお同原告は休業損のほか付添看護料をも請求しているが、同原告は有職者であるから、休業損害が填補されれば、付添による損害はすべて填補され、さらに付添看護料を認めることはできないところである。

(四)  過失相殺

右合計は三万四、〇〇〇円となるところ、前記原告修一郎の過失を考慮し、その一割を減じた三万〇、六〇〇円を原告昭三は被告に請求できることになる。

(五)  弁護士費用 四万五、〇〇〇円

本訴での弁護士費用はすべて原告昭三において負担していると認められるところ、本件訴訟の経緯、被告の抗争の態度、認容額に鑑み、右金額をもつて本件事故と因果関係のある損害と認める。

七  そうすると被告に対して原告修一郎は二七万円、原告昭三は弁護士費用を加えた七万五、六〇〇円及びこれらに対する訴状送達の翌日たる昭和五一年八月二一日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を請求できることになり、原告らの本訴請求はこの限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部崇明)

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